私の故郷、福島。桃の里であり、そして米処である。
お酒が美味しい。人が優しい、温かい。
高村光太郎の妻、智恵子は、造り酒屋のお嬢様であり、そして我が母校・福島女子高校の二期生である。当時は、「女学校」と呼ばれ、名門のお嬢様学校であったと云う。
大先輩であり、少なからず、私の今の職業に関係している。芸術と文学の人。
文化を重んじる母校の象徴のような女性だ。
夭折して逝った。。。だからこそ詩にされ、その名を知らしめた。
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながらいふ。
阿多多羅山の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。』
『あどけない話』(昭和三年五月)より
不安と恐怖の絵具が混ぜ込まれている。
智恵子が見た空も、私が十八の時に見た空も、もうないのだ。
『3・11』 津波が東北の浜辺を飲み込んだ。
そして波は、福島第一原子力発電所をも飲み込んだ。
そのときから、福島の空は何色になったのだろう?
福島の空は青い空。私の大切な故郷の空の青を返して!
この思いを誰に伝えればいいの? それがわからない。
福島の空を汚すのは誰なの? 震災から一か月の今日、祈りを込めて、このブログを立ち上げました。
黙祷しても、命は帰っては来ない。ただ泣けてくるだけ。
泣いても、あの空はない。 智恵子が見た空も、十八の私が見た空もない。
ツイッターをベースにしながら、福島の思いを表現したいと思います。
2011年4月11日 岩崎るりは

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